こんにちは。
久々のコーチ別戦術紹介です。これまでNFLとCFBのディフェンス、NFLのオフェンスのコーチついて紹介してきました。というわけで、今回はCFBのオフェンスコーチの戦術を。
対象となるのはGus Malzahn (ガス・マルザーン) 。かつてアラバマ州の名門オーバーン大学でOCとHCを務め、QB Cam Newton (キャム・ニュートン) とともに全米制覇の経験もあります。あの頃のIron Bowl (アイアン・ボウル、レギュラーシーズン最終週に行われるアラバマ大学とオーバーン大学のライバル対決) は常に何が起こるか分からず面白かった!いまはブームも落ち着き、マルザーン自身はオーバーンをクビになった後、UCF (セントラルフロリダ大学) のHCを務めています。
そのマルザーンのオフェンスはPower Spreadと呼ばれるランを軸にしたスプレッドオフェンスでした。それが一体どういうもので、どんなプレイがあったのか見ていきましょう。
Gus Malzahnという人物
まずはマルザーンについてさらっと紹介します。
キャリアについて
選手としてのキャリアはそこまで。1984年はアーカンソー大学、少し間が空いて87-89年はヘンダーソン州立大学という謎のチームでプレイしていたそうな。
コーチングキャリアは、91年のヒューズ高校から始まります。意外にも当初はDCとして起用されました。その後いくつかの高校でHCなどを務めた後、カレッジに身を移します。カレッジ最初のコーチングキャリアは、地元アーカンソー大学でした。OCとWRコーチを務めます。その後、タルサ大学でアシスタントHC兼Co-OC兼QBコーチを務め、ついに2009年からオーバーン大学のOCに就任します。当時というか現在もSECは全米最強カンファレンスとして有名で、名門オーバーンのOCとして呼ばれたことから期待度の高さが伺えます。
オーバーン大学では10年にニュートンらとともにオレゴン大学を下し全米制覇します。12年に一度アーカンソー州立大学のHCを務めた後、13年にオーバーンのHCとして返り咲きます。その就任初年度からいきなりSECチャンピオンとなります。当時の全米王座決定戦だったBCSチャンピオンシップでは、惜しくJimbo Fisher (ジンボ・フィッシャー) 率いるフロリダ州立大学に破れはしたもののマルザーンの力を見せつけます。その後しばらくはIron Bowlでもアラバマを下すなど、そこそこの成績を残していましたが、20年シーズンをもってオーバーンを去り、21年からUCFのHCとなっています。
オフェンスの特徴
彼のオフェンスはなんと言ってもランが強かった。多くのオプションが組み込まれたランプレイが主軸にノーハドルでガンガン攻め込むオフェンスが特徴です。彼のオフェンスで主軸となるプレイは以下のとおり。
これらのプレイにはさまざまなオプション、RPOが織り交ぜられています。フォーメーション違いでバリエーションをつけながら、jet motionやorbit motionを多用しJet SweepやReverseもチラつかせます。特に今回参考にした13年シーズンにはQB Nick Marshall (ニック・マーシャル) 、RB Tre Mason (トレイ・メイソン) 、RB Cameron Artis-Payne (キャメロン・アーティス=ペイン) 、WR Sammy Coats (サミー・コーツ) らがおり、オプション、スクリーンが中心となり、PAP (Play Action Pass) でロングを狙うプレイが強かったです。そして、このオフェンスで重要な役割を担っているのはFBです。当時はJay Proche (ジェイ・プロシュ) というブロックが上手い選手がいたため、かなり強力なオフェンスとなっていました。そして、特筆すべきはランの多さです。
https://www.teamrankings.com/college-football/stat/passing-play-pct?date=2014-01-07
上のサイトをご覧ください。13年シーズンのオーバーンはアーミー、ネイビーらに近い位置におり、パスの使用率はなんと29%!リードされている4Qの2 minuteでもランばっかりという徹底具合。ディフェンスからすると、常にランかパスか分からない状態がめんどくさいわけです。だからオーバーンはランで進みまくってロングのシチュエーションを避けていました。まあ、3rd & 8でも普通にランでフレッシュ更新することもありますが。ちなみにランパス比率もJared Stidham (ジャレッド・スティドハム) やBo Nix (ボー・ニックス) らの時代になると半々に近くなっていきます。
ラン重視なら13 Personnelや22 Personnelなどで中央に寄せた重厚な隊形でもいいわけですが、マルザーンのオフェンスは21 Personnelのスプレッドオフェンスが特徴です。スプレッドにする理由はディフェンスをストレッチするためです。TEをオープンにすることで、TEの前にセットするNiやLBをボックスから切り離すことができます。彼をRPOで攻めたりライトなボックスにランで攻めることが強みとなります。
オフェンスのフィロソフィーについて
13年シーズンでは、2 backのラン/PAPでディフェンスにストレスを与えることを重視していました。以下はプレイブックに書かれているフィロソフィーです。
という具合です。先ほども説明したとおり、ハリーアップでオプションを組み合わせたオプションランとPAPを活用することで、ディフェンスに的を絞らせないことを重視しています。
Tempo
彼のオフェンスにとってテンポはとても重要。Normal (通常のノーハドル) 、Fire Alarm (シュガーハドル) 、Milk (スローダウン用) の3種類のペースを使い分けます。
ノーハドルはその名のとおり、ハドルせずに矢継ぎ早にプレイするアレです。マルザーンのオフェンスでは通常のペースがノーハドルです。常に2 minuteオフェンスの状態となります。ノーハドルとなると、ディフェンスはメンバー交代を制限されます。交代できずノーハドルが続くことで交代できないディフェンスの息は上がります。交代できないことはオフェンスにミスマッチをつくりだすチャンスを与えることにもつながります。TEとLB、RBとLBはパスでオフェンスに有利です。また、TEとDBやOLとDBなどのマッチアップはランで有利となります。
Fire Alarmはシュガーハドルを表します。シュガーハドルとは、ハドルをブレイクした後さっさとセットしてさっさとプレイを始める方法です。シュガーハドルの利点は、ディフェンスのコミュニケーションミスを誘えることです。ディフェンスは、ストロングサイドやフォーメーションを十分にできないままプレイを始められるため、アジャストできずオフェンスに進まれやすくなるというわけです。UnbalanceでOTの位置にこっそりTEを入れてもバレないうちにプレイを始めることが可能です。
Milkはスローダウン用と書きましたが、4 minuteオフェンスで一般的に使われます。4 minuteはリードしている状況の4Q終盤でちんたらプレイするあの状況です。オフェンスはとりあえずセットしますが、サイドラインからのプレイコールはプレイクロック残り15秒の時点、スナップは残り3秒になってから。
FormationとMotion
フォーメーションの説明はいちいちしませんが、マルザーンはスキルポジションを番号で表します。以下に番号と対応するポジションを記しておきます。
Formation
Motion
Run
ランプレイが彼のオフェンスの最大の特徴です。ランプレイは主にNFLのチーム名または選手名で呼ばれます。
彼のランプレイは先ほど説明したとおり、Power、IZ、Buck Sweepを中心にオプションやJet Sweep (マルザーンの用語ではSpeed Sweep) を組み合わせたものです。DownhillなランとPerimeterを回るオープンランでディフェンスにストレスを与えるのが特徴です。そして、これらのプレイで重要な役割を果たすのがFBです。彼のオフェンスでは3番で表記されます。彼のブロックいかんでランプレイの成否が決まるものが多いです。
この中でも特に中心となるのはPowerとIZです。どちらが多いかは試合によりけり、相手によりけりといった具合。13年シーズンだと、アラバマ戦ではPower、ジョージア戦ではIZが多かった印象です。
それでは各プレイを見ていきましょう。
Power
Powerは彼のメインのひとつ。RODGERSまたはPACKERと呼ばれます。PowerとPACKERの頭文字を合わせています。10年のシーズンではPATRIOT/NEW ENGLAND/BRADYと呼ばれていました。
Downhillなランのひとつ。スプレッド隊形から中央に寄った隊形までさまざまなフォーメーションとオプションを駆使します。
一般的にマルザーンのオフェンスではA Gap Powerとなります。
RODGERS
主な役割は上記のとおり。
BSGとBST以外はDown Blockです。マルザーンのオフェンスではおおむねGOD Ruleに基づいています。BSGはPullからのWrapです。BSTはBSGがPullした穴を塞ぐ役割で、B GapにフタをするHingeとなります。FBを意味する3 BackはEMOL (End Man On Line) をKick Out。
キャリアーとなる4 Backは、横に一歩ずれてハンドオフを受けてからA Gapに突撃します。その後はOnsideのLBが顔を出した方と反対側へ抜けます。
RODGERS ‘BIG’
こちらは重厚なフォーメーションからのPower。TEがin-Lineになっただけで通常のRODGERSと同じです。
RODGERS-SPOT
BOX内は全く同じですが、こちらはPowerとNow (マルザーン用語のSpot) を組み合わせたRPOです。
Samがキーとなりますが、オフェンスのメンバーはスナップ前に一度サイドラインを確認します。ここでSamがBOXに近かったりBlitzが来たり、ブロッカーの枚数が足りない状況だと予想されれば”KILL”コールが入り、2番のWRへ投げます。
STEELER RODGERS
Power ReadにSlantのRPOを組み合わせたプレイです。STEELERがSpeed Sweep、RODGERSは先ほどと同様Powerを意味します。
キーとなるディフェンダーはOnsideのEMOLです。彼が4 Backに食いつくならQB Power、逆ならSpeed Sweepのプレイとなります。重要なのはMikeにはどちらのプレイにも関与させないことです。
また、3番目の選択肢として9 WRのSlantがあります。これはOnsideからのBlitzが入った時の選択肢となります。例えばFire Zoneとか。
Counter
Counterは近年主流のGap Runですが、当時のマルザーンのオフェンスではあまり主力ではありません。CounterとCOLTね。こちらは10年シーズンだとCOWBOY/DALLASです。
ただし、3 Backの位置によってプレイがバレるのも良くないためGH Counterとして取り入れています。こちらもA Gapをメインに狙うプレイです。
COLT
PowerにおけるFBとBSGの役割をそのままそっくり入れ替えただけのプレイです。
3 Backの役割はJab Step (ちょこちょこっと何歩か短くステップする) を踏んでPSTのギリギリを舐めるように上がってからOnsideのLBをブロックするということです。
Inside Zone
Powerと並び、マルザーンオフェンスにおける主力ランプレイのIZ。なぜか頭文字は合わせていません。10年シーズンだとIZとINDYで合わせていました。INDYもしくはCOLT、PEYTONが10年シーズンの呼び名。
こちらも先ほどのGap Runふたつと同様、Downhillなランとなります。一般的にはRun Tagと呼ばれる3 Backの使い方で多くのバリエーションを持たせています。また、Powerと同様RPOもいくつか混ぜ込んでいます。
ATLANTA
Zone ReadとBubbleのTriple Optionが通常のIZです。
OLはZone Blockですが、マルザーンのオフェンスではPowerのテクニックをそのまま反対にした形をZone Blockとしているらしい。全員が縦に押し込みます。
3 BackはBubble Screen要員となります。スナップ前にサイドラインを確認して2 HighだったりOnsideのBlitzだったりBubbleを投げたほうが有利な場合は”KILL”コールを受けてBubbleへ投げます。Blitzの場合はスローイングレーンに被られるとカットされてしまうので要注意。3 BackがHBの位置にいる場合は2 WRがBubbleを走って5 TEがブロッカーとなります。
4 BackはCのど真ん中目がけてボールをキャリーします。一般的なIZだとB Gap狙いのことが多いですが、ShotgunであるためDownhillなランを展開するためにCのお尻を目指します。その後は普通のIZと同じです。Bounceするか、そのまま縦に押し込むか、BacksideへCutするかの3択から選びます。
QBはBacksideのDEをリードします。選択の基準はSTEELER RODGERSと同じです。DEが食いつく方と反対の人がボールを持ちます。
ATLANTA BACK
一般的にSplit Zoneと呼ばれるプレイです。通常のATLANTAがそのままOnside狙いなのに対し、ATLANTA BACKはBackside狙いとなります。
先ほどと違うのはOLがBacksideを意識したブロックとなることと、3 BackがBackside DEをKick Outすることです。3 BackはBSTの外側のお尻をめがけてキワキワのラインを上がります。これは一般的に前のOLが内側へリリースするとDEも内側に詰めてくることが多いからです。
Bubbleを選択するかは通常のATLANTAと同じ。Bubbleに投げたほうが有利な場合に”KILL”コールがサイドラインから入ります。
ATLANTA DASH
3 BackがArcするタイプのIZです。ほかのATLANTAとは違い、なぜかこちらはスナップ後もBubbleへ投げる選択肢があるTriple Optionです。
OLは通常のATLANTAと同じく、Onside狙いのZone Blockです。
3 BackはArcリリース後、MikeからSamへとInside-Outでブロックしていきます。
4 Backはいつもどおり。
肝心のBubbleですが、スナップ前の”KILL”コールが入ればもちろんBubbleへ投げます。しかし、スナップ後にもQBがKeepしSamがQBへアタックしてきた場合はBubbleへ投げる選択肢も残されています。
少し違いますが似たプレイ。
ATLANTA SLIP
Split Zone Bluffとか呼ばれるプレイです。プレスナップのBubbleを含めると4つの選択肢があります。
まずOLは先ほどと同様、Zone Blockです。
3 Backは、Backside DEへのKick Outのコースを辿りながらすり抜けてLBからFSへとブロックします。
4 Backは同じ。
2 WRはプレスナップの”KILL”コールの有無でBubbleかStalk Blockかを切り替えます。
9 WRはGoルートです。
QBはまずBackside DEをリードして4 BackへGiveするか自らがKeepするか判断します。その後、CBが自らへアタックしてくるようなら9 WRのGoへ投げます。パスカバーしているなら自らKeepという具合です。
Jet motionを混ぜるとこうなります。
Buck Sweep
Buck Sweepは、PowerやIZと比べると使用頻度はそこまで高くありません。頭文字はSweepの方からとってSEATTLEで合わせています。10年シーズンだとSAINT/NEW ORLEANS/BREESとなります。
マルザーンオフェンスの要となるオープンランです。こちらもオプションが仕込まれているほか、モーションからCrack Blockさせたりできます。
SEATTLE
ブロックは多分Pin & Pullというやつなんでしょう。オープンを狙うプレイですが、CBの動きを見てRBは走るコースを変えます。
OLは書いてあるとおりです。両Gは自分の外にDLがセットしていればPull、内にセットしていればDown Blockです。PullしたPSGはFlat DefenderをKick Out、BSGはBSLBかSupportをブロックします。
このプレイでキーとなるブロックは3 Backです。彼がDEをLOSで抑え込む必要があります。でなければPullのコースを邪魔するしRBの走るコースも消えます。真正面からヒットして外側に顔を出されないようにすることがキモとなります。これができるFBがいなければこのプレイは使えません。
RBはBSGについていきながら、走るコースを決めます。9 WRにCBが着いて行くなら大外を捲ります。逆なら両Gのブロックの間を縦に上がります。
BacksideのBubbleはプレイサイドからBlitzが入ってきた時用です。QBはボールをKeepした後、Samを引き寄せてからBubbleにポイ。
Reverse
Reverseはさまざまなプレイの裏プレイとして使われます。モーションを多用するため、ディフェンスからすれば実際にボールを渡すかは関係なくリバースの選手に人を割く必要があります。多くのランプレイにリバースフェイクを混ぜたり実際にリバースすることで、ディフェンスを大きく横にストレッチすることができます。
Reverseはカラーコードとして”ORANGE”がつけられており、ランプレイの名前の前にORANGEがつきます。
紹介するORANGE ATLANTABACKのほか、ORANGE SEATTLEやORANGE OAKLANDなどがあります。
ORANGE ATLANTA BACK
IZ (ATLANTA BACK) fakeのReverseです。OLのPlaysideはIZの展開する方向です。
OLは全てATLANTA BACKと同じブロックです。同じブロックにすることでディフェンスに違和感を与えません。
3 BackのみこっそりDEをKick OutせずにCBへ向かいます。
9 WRと5 TEはともにFlat Defenderをブロック。Reverseが展開する方向ではWRとFBが有利な位置関係を生かしたブロックが可能です。
2 WRはOrbit (Utah) モーションからボールを受け取り一気に駆け上がります。
QBは4 Backへのフェイク後クルッと回って2 WRへハンドオフ。その後はしっかりパスのアフターフェイクを入れます。
これはORANGE SEATTLE
Speed Option
Speed Optionは一般的にQBとRBが同じ方向に走りDEの動きでどちらがボールを持つか判断するプレイです。SpeedとSAINTを合わせています。10年シーズンだとBEAR/CHICAGO/CUBと全然頭文字はあっていません。
そこまで使用率は高くなかったと記憶しています。
SAINT
いわゆるSpeed Optionというやつです。QBがEMOL、この場合はDEに突撃してDEがQBにタックルしにくるようならRBにPitchするという流れです。
OLはPST以外はOutside Zone (OZ) の動きでブロックします。DTはダブルチームのため、相手フロントによっては必ずPlaysideのDLをブロックするというわけではありませんが。
3 Backは外からLBを抑え込みます。
5 TEはSamなりNiなりFlat Defenderを縦に押し込みます。
Playsideの2 WRはMax SplitでCBをプレイから切り離します。
QBはEMOLの動きでKeepかPitchか判断します。DEが外に開いたりPitchのコースの邪魔になるならそのままKeepします。キモはギリギリまでEMOLを引きつけること。これでLBも含めてディフェンダーをRBから切り離します。
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